●詩人、金子みすゞに捧ぐ

今から約20年前、明治生まれのある詩人の遺稿が大量に発見された。詩人の名は金子みすゞ。夫が浮気を繰り返すため離婚を決意するが、当時は極端な男性優位社会だった為に、最愛の娘を夫に奪われてしまう。
夫が娘を引き取りに来る前日、彼女は娘と一緒に銭湯につかって小さな体をふいてやり、その夜両親に「今夜の月のように私の心も静かです」と遺書を書き残し、夜半に服毒自殺をしてしまった。このとき、みすゞはまだ26歳の若さだった…。

みすゞの詩に出会うまで、僕が好んで読んでいた詩はゲーテの骨太な恋愛詩や、萩原朔太郎の“言葉そのもの”が放つ透明感を味わう詩だった。だが、そういった詩を心のみで感じていたのに対して、彼女の詩はまるで身体全身で体験しているようだ。

とにかく、世界への眼差しがべらぼうに優しい。また、精神的にもメチャクチャ深い。自然界を“人間が支配するもの”として捉えている欧米の詩人には、絶対に書けないのが彼女の詩だ。同時に、最近よく耳にする「地球に優しく」というフレーズを、にわか仕込みの思想で合言葉のように使っている詩人(全ての表現者を含んで)は、顔色を失い自省すること必至だ。

以下、僕の好きな彼女の詩を10篇、好きな作品から順に紹介したい。
(詩なので解説は付けんとくね。ただただ、みすゞさんを感じて下さい。)


「私と小鳥と鈴と」

私が両手をひろげても、
お空はちつとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のやうに、
地面を速くは走れない。

私がからだをゆすつても、
きれいな音は出ないけど、
あの鳴る鈴は私のやうに
たくさんな唄は知らないよ。

鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがつて、みんないい。


「大漁」

朝焼け小焼けだ
大漁だ
大羽イワシの
大漁だ。

浜は祭りの
やうだけど
海のなかでは
何万の
イワシのとむらひ
するだらう。


「ふしぎ」

わたしはふしぎでたまらない、
黒い雲からふる雨が、
銀にひかっていることが。

わたしはふしぎでたまらない、
青い桑の葉たべている、
かいこが白くなることが。

わたしはふしぎでたまらない、
誰もいじらぬ夕顔が、
ひとりでぱらりと開くのが。

わたしはふしぎでたまらない、
誰に聞いても笑ってて、
あたりまえだ、ということが。


「星とたんぽぽ」

青いお空の底ふかく、
海の小石のそのように、
夜が来るまで沈んでる、
昼のお星はめにみえぬ。

見えぬけれどもあるんだよ、
見えぬものでもあるんだよ。

散ってすがれたたんぽぽの、
瓦の隙に、だァまって、
春の来るまでかくれてる、
つよいその根はめにみえぬ。

見えぬけれどもあるんだよ、
見えぬものでもあるんだよ。


「土と草」

かあさん知らぬ
草の子を、
なん千万の
草の子を、
土はひとりで
育てます。

草があおあお
しげったら、
土はかくれて
しまうのに。


「積もった雪」

上の雪さむかろな
冷たい月がさしていて。

下の雪重かろな
何百人ものせていて。

中の雪さみしかろな
空も地面もみえないで。


「あるとき」

お家の見える角へ来て、
思い出したの、あのことを。

わたしはもっと、長いこと、
すねていなけりゃいけないの。

だって、かあさんはいったのよ、
「晩までそうしておいで」って。

だのに、みんながよびにきて、
忘れてとんで出ちゃったの。

なんだかきまりが悪いけど、
でもいいわ、

ほんとはきげんのいいほうが、
きっと、かあさんは好きだから。


「雀のかあさん」

子供が
子雀
つかまへた。

その子の
かあさん
笑つてた。

雀の
かあさん
それみてた。

お屋根で
鳴かずに
それ見てた。


「露」

誰にもいわずにおきましょう。
朝のお庭のすみっこで、
花がほろりとないたこと。

もしもうわさがひろがって、
はちのお耳へはいったら、
わるいことでもしたように、
蜜をかえしにゆくでしょう。


「空のこい」

お池のこいよ、なぜはねる。

あの青空を泳いでる。
大きなこいになりたいか。

大きなこいは、今日ばかり、
明日はおろして、しまわれる。

はかない事をのぞむより、
はねて、あがって、ふりかえれ。

おまえの池の水底(みなぞこ)に、
あれはお空のうろこ雲。

おまえも雲の上をゆく、
空のこいだよ、知らないか。






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