〜人生は美しい、だがここでは死も明るく美しい〜
世界一“陽気な墓” in ルーマニア 【English Version】
Cimitirul Vesel de la Sapanta-Maramures,Romania

 


どの墓にもめっさカラフルな花模様が入った“陽気な墓”!(2005年7月8日巡礼)
晴天に恵まれて良かった!天気は重要。明るい日差しが“陽気な墓”にふさわしい
チケット売り場。故人たちは愛する村
の財政収入に協力できて嬉しいかも

北部ルーマニア・マラムレシュ地方にある舌を噛みそうな名前の土地、シゲット・マルマッツィエイのサプンツァ村には、墓マイラーの間で有名な聖地=世界一“陽気な墓”(Cimitirul Vesal)がある。
この村の墓は、それぞれ木製の墓標に故人の生前の生活や死因がユニークな絵柄で彫られている。青が基調のカラフルに彩られた墓標を見ていると、墓地に対する暗いイメージが吹き飛ぶ。まったくの他人であり、生きていた時代も違うのに、絵のおかげで故人の人柄がひと目でわかり、見る者に親近感を抱かせる。
※かつてローマ帝国の支配下だったルーマニア。国名の意味は“ローマ人の土地”であり、東欧で唯一明るく楽天的なラテンの血が流れている国民だ。

上から、屋根、十字架、肖像画、故人の詩で構成されている 小さな教会の敷地にギッシリ。ちょっとした墓標の森だ

ルーマニアは観光事業が未発達で、首都や世界遺産のある街でも、公営の観光案内所すら存在しない(07年時点)。英語の案内板もほぼ皆無だし、鉄道の切符は1枚ずつ手書きなので窓口は長蛇の列になる。それほど旅行が大変なのに、サプンツァ村には年間3万人も観光客が訪れている。もちろん、この“陽気な墓”に来る為だ。
この地方では昔からの風習で、死が近づいてきたと感じた村人は、自分の人生を振り返って詩で表現し、また自ら棺を用意して旅立ちの準備を整えるという。

墓標の詩は“私はこういう人でした”と1人称で語りかけている ブルーを基調とした墓標が爽やかな青空に溶け込む

1935年、村の木彫り職人の青年スタン・イオン・パトラシュ(当時27歳/Stan Ion Patras、パトラッシュじゃなくて惜しい)は、愛する者を失った人の悲しみが癒えることを願って墓標を明るいものにしようと思い立ち、故人が残した詩と絵を彫りつけたのが“陽気な墓”の始まりだ。
※“陽気な墓”は高さが約2m、幅は50cmほど。


★墓標の絵で故人を偲ぶ

墓標の“自己紹介”はルーマニア語なので分からないけど、絵を見ればその人がどういう人生を送ったのか分かりマス♪

●私はこんな仕事をしていました編





私は農夫でした(リンゴを収穫) 私はバーテンダーでした 私は木こりでした

私は獣医でした 私も獣医をしてました 私は床屋でした

私は先生でした 私は製粉機を持つ農夫でした 私は肉屋でした(血は描かなくても…)

私は歩兵でした 私は騎馬兵でした 私は指揮官でした




私は楽士でした 私は羊飼いでした 私は保母でした(推測)



●私の特技や趣味を紹介します編



私は糸紡ぎが得意でした 私は料理が得意でした バックギャモン(双六)にハマりました


私はダンスが得意でした 私は毎日教会へ行きました 私はクラリネットが得意でした



●写真つき豪華墓!

上部に写真付き。整備士かな? 写真は凛々しいのに(笑) この墓地で一番ダンディな男!



●陽気じゃない墓〜私はこんな最期でした編

私は車に轢かれました
私は撥ねられました(3歳…)
私は列車に轢かれました

1941年死亡。私はハンガリー兵に首を…(頭部はまだ見つかっていないらしい)

他にも、落雷で死んだ人、倒木が直撃した人、川で溺死した人、強盗事件、様々な死が描かれている。
おそらく、事故死の場合は故人が“生涯の詩”を残していないので、最期を描いているのだと思う。



●意味深な墓

ハダカの女性を見つめる2人の男性…うーむ、彼らにいったい何があったのか


●パトラシュの後継者たち

 
これらの墓は羊や馬が精密に彫られ、明らかに他の墓とタッチが異なる。弟子が作ったのだろう


●仲良きことは美しきかな

 
最後は“夫婦で乾杯”&“夫婦で収穫”。良い人生だったみたいだね♪


お墓という、人生の終着点となる神聖なものを、村人はすべてパトラシュに任せてきた。こんなにも多くの人が、様式にこだわらず、彼に墓を造ってもらってきた。僕は“陽気な墓”を通して、パトラシュの視線の優しさだけでなく、村人がどれほど彼を信頼していたか、パトラシュの「墓を明るくしたい」という思いに人々が賛同していたのか伝わってきて、胸が熱くなった!

この墓地で墓標を見て思ったのは、誰もがみな真面目に働き、家族を愛し、旅立って行ったこと。まさに、人の数だけドラマがある。自分も頑張って生きていこう、そんな風に感じて“陽気な墓”をあとにした。

※入場料は4.5レウ(約200円)、撮影代は5レウ。墓地には弟子が作ったパトラシュ(1908-1977)本人の墓もある。
※“陽気な墓”の制作は1977年にパトラシュが69歳で他界した後も、一族のドミートリィ・ポップら弟子たちに引き継がれている。墓地の裏にはパトラシュの家があり、その一角は息子が開いた記念館と墓標の制作工房になっている。 
※多くの墓標が東を向いているので、撮影を考えると午前中に巡礼するのがベスト!
※墓標の数は資料によって150〜800基とかなりバラつきがある。サプンツァ村には観光客が訪れるメインの墓のほかに、別の墓地がもう1箇所あるらしいので(そっちも“陽気な墓”)、800は両方を足した数かも知れない。
※墓標の中に2つだけ黒いハトが描かれているものがある。白いハトは聖霊だけど、黒いハトは悪魔。生前に悪行を働いたので黒いハトが描かれている。(リンク先に画像あり)
※外国人でも100〜400ユーロの価格で陽気な墓の十字架を作ってもらえるそうだ。


※僕の行き方…ルーマニアの首都ブカレストから夜行列車でシゲット・マルマッツィエイに翌朝到着。荷物を駅の一時預かりへ預け、タクシーで西へ18km行ったサプンツァ村へ(約20分。ローカルバスもあったけど本数が少ない)。帰りは墓地から離れたバス停まで道を尋ねながら向かっていると、地元の村人が車で送ってくれた!めっさ優しい!超感謝!
ルーマニアの大地をひた走る 優しい村人さんの車にて!



《おまけミニ・フォト〜ルーマニア賛歌》




ルーマニアは農業国。美しい田畑が広がる 山に川、自然がたくさん残る 平原の日没(夜行列車から)


道を教えてくれた農家の人。すんげー陽気だった 夜行列車でアメ玉を大量にくれたお婆さん
田舎駅で「撮って!」。ホームからパチリ

エスカレーター。日本も足を描けば
迷わないのに。是非、取り入れるべき!
ブカレスト駅の自動販売機。コーヒー1杯が1万レイ!と聞けば
高そうだけど、日本円に換算すれば40円ほど。(その後デノミされた)



微妙なゴミ箱 サプンツァ村のわんこ 同じくサンプンツァ村の土産物屋の猫主人


言葉が通じなかったり移動は大変だけど、人も自然も素晴らしいので、ルーマニアの田舎は最高っす!



●“陽気な墓”関連のおすすめページ(参考にさせて頂きました)
2007年ルーマニア旅行…パトラシュ博物館の充実訪問記。後継者の人の紹介や墓標の解説がいっぱい!
カタコト会話deルーマニアの旅…英語を話せるルーマニア人から現地で詩の内容を聞く!強盗に殺された人や謎の死の話はインパクト大。
旅と俳句の写真展…ルーマニア旅行記。パトラシュ氏の墓の拡大写真あり!


お墓から元気をもらえるって不思議!




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