作家の墓
世界恩人巡礼大写真館 【English Version】

作家(海外)コーナー PART2 PART1へ



★エミリー・ブロンテ/Emily Bronte 1818.7.30-1848.12.19 (イギリス、ハワース 30歳)2005
★シャーロット・ブロンテ/Charlotte Bronte 1816.4.21-1855.3.31 (イギリス、ハワース 38歳)2005

Church of Saint Michael and All Angels, Haworth, West Yorkshire, England
※ちなみにブロンテ姉妹の末っ子アン・ブロンテ(Anne Bronte)は1820.1.17-1849.5.28。享年29歳!







ハワースは急な坂だらけ。駅からハーハー言いながら
町の中心へ向かう。左右に古い町並みが続く
ヒースクリフ(by『嵐が丘』)という
名の住所があった!さすが地元!
町外れの石垣を越えると、ムーアと呼ばれる
荒涼とした広大な原野が視界に広がる


夕暮れの寂しい丘。しかしここを越えると… 紫のヒースが… いたる所に咲き乱れている!

見渡す限り、ヒース!ヒース!ヒース! 右も左も、ヒース!!ヒース!!ヒース!!




「ゴオオーッ!」そして吹き飛ばされそうな突風!まさに『嵐が丘』 やがてすべてが夕闇に包まれていく






翌朝、聖マイケル教会の墓を訪れた

姉妹に関する資料を展示

僕は最初、この柱のメモリ
アルを墓と思い込んでいた
次にこっちを墓と思った(名前刻んでる
し)。これらは全て記念碑で墓じゃない

写真中央の石柱の下に光っているのが墓!
帰り際に教会内部の全景を撮っていて偶然気づいた
コチラ!地下納骨堂のどれが彼女達
のものか、今はもう分からないらしい

「(最高の恋人について)その人といることは、一人でいる時のように自由で、しかも、大勢でいる時のように楽しいの」(シャーロット・ブロンテ)
※小説『ジェーン・エア』から。一緒にいても1人で時間を使っているように束縛されず自由で、しかも2人っきりなのに皆でワイワイ騒いでるように楽しい--同性であろうと異性であろうと、誰かを語る時にこれ以上の誉め言葉はないんじゃなかろうか!「理想の恋人は?」と訊かれて返答に困る人は、この言葉をぜひ。世の恋愛小説は、このたった一行のことを書く為に丸一冊費やしているといっても過言じゃないッス!
※アン・ブロンテの墓所はNorth YorkshireのScarborough,にあるSaint Mary's Churchyardとのこと。

「この全世界がことごとく、あの女の存在したことを思い出させる備忘録だ。恐ろしい備忘録の集積だ」(『嵐が丘』/エミリー・ブロンテ)
『ヒースクリフもヒンドリもキャサリンも“永遠に苦しみ尽きざる”カイン族であり、エドガーやイザベラは“眠り、飲み、食う”アベル族だ』(ボードレール)



★アンドレ・マルロー/Andre Malraux 1901.11.3-1976.11.23 (パリ、パンテオン 75歳)2002
The Pantheon, Paris, France

  

作家、考古学者、美学者、政治家という様々な顔を持つ。パリ生まれ。1923年(22歳)、文化遺産の調査で訪れたインドシナで現地人に共感、フランスからの自治を求める民族独立運動に協力する。32歳で発表した小説『人間の条件』(1933)がゴンクール賞に輝き、国際的な名声を得た。隣国スペインの内乱では反フランコの立場を明確にし、共和政府側の国際義勇軍飛行隊パイロットとして参戦。第2次世界大戦に従軍し、ドイツ軍の捕虜になるも脱走。その後、反ナチスのレジスタンスに身を投じる。1959年(58歳)から10年間、文化相に就任して各国との文化交流に努めた。日本の美術・風土をこよなく愛し、那智の滝(熊野)の美しさを絶賛した。

「切腹とは、死ぬことではない。死を行なうことである」(アンドレ・マルロー)



【 スティーブンソンをたずねて三千里編 】

★ロバート・ルイス・スティーブンソン/Robert Louis Stevenson 1850.11.13-1894.12.3 (サモア、アピア 44歳)2001

Stevenson Family Estate Grounds, Vailima, Samoa

ぬおおっ!あの山の頂上に墓があるのか!?






12月といえば南太平洋サモア諸島は雨期のド真ン中。「なんじゃ、この道はァーッ!」山に入って最初に目に飛び込んだのは、小川と化した山道だった。「ウヘ〜ッ」思わずひるんだのは右写真。確かに橋が谷にかかっているんだけど、板は外れているし、苔で覆われツルッツル!まったく使い物にならず、デス・トラップ状態。仕方なく、滝下の小川にジャブジャブ入っていくことに。冷たかった!

「ギョエ〜ッ!道が無くなっちょる!」小川なら濡れれば済む事だったが、難儀したのが倒木。山道の至る所で巨木が倒れていた。人間が動かせる重さではなく、ある時は乗り越え、ある時は泥んこになって地を這った。中でも最難関だったのが右写真。倒木&土砂崩れで道の向こうが見えない。枝は堅くて折れず、体をクの字にしたり、ヘの字にしながら、ジワジワと時間をかけて突破した。色んな虫に刺されるし、全身擦り傷だらけになるし、もう泣きそう。伸ばした手の先にグッチャリ潰れたカタツムリがいた時は、さすがに帰ろうと思ったよ。

「あ、あ、あれが墓かァーッ!」登り始めて1時間半、突然視界が開け、ついに山頂が見えてきた!

ようやく墓前に。感動の対面だったが最初に出た言葉は「あんさん、なんでこんなケッタイな所に…」。右写真は墓から下界を撮ったもの。分かりにくいが遠方に町や港がうっすら見えている。長き墓マイラー・ライフの中で、肉体的に最も印象深い墓参となった。巡礼というより探検に近いものだったな〜。



★ラディゲ/Raymond Radiguet 1903.6.18-1923.12.12 (パリ、ペール・ラシェーズ 20歳)2005&09
Cimetiere du Pere Lachaise, Paris, France

 
たった20歳で病死してしまったラディゲ

 
2005 2009 オレンジ、ピンク、赤、いろんな色の花が咲いていた

1903年、パリ近郊に生まれる。少年期から大の読書家で、心理小説を熟読し非常に早熟だった。15歳の時に詩才がジャン・コクトーに認められ、文学者との交流が始まる。16歳から処女小説『肉体の悪魔』を書き始め、これを18歳で脱稿。1923年、出版社が派手に宣伝を展開して『肉体の悪魔』を刊行した結果、少年と人妻のロマンスという過激な内容がフランス社会にセンセーションを巻き起こした。
続けて『ドルジェル伯の舞踏会』を書き上げたが、ラディゲは腸チフスに感染し、病床でドルジェル伯の校正をしつつ出版を見ることなく絶命する。わずか20年という短すぎる生涯だった。死の翌年、『ドルジェル伯の舞踏会』が刊行される。コクトーは自分より4歳年下だった親友ラディゲの死に打ちのめされ、悲しみを抱えて10年も阿片に溺れ続けた。

“死が悲しいのは生命と別れることでなくて、生命に意義を与えるものと別れることである。恋愛が我々の生命であるときは、一緒に生きていることと、一緒に死ぬこととの間に、どんな相違があろう?”(『肉体の悪魔』)



★ゴーリキー/Maxim Gorky 1868.3.28-1936.6.18 (ロシア、モスクワ 68歳)2005
Kremlin Wall, Moscow, Russian Federation










ゴーリキー 子どもと一緒に ゴーリキーとトルストイ ゴーリキーとチェーホフ

 
ペテルブルグのロシア文学博物館にあったゴーリキーの愛用品や手紙類

  
赤の広場、クレムリンの壁(レーニン廟の裏)に沿ってゴーリキーの墓がある。墓前にはカメラを持ち込めない為、超望遠で激写!

本名アレクセイ・マクシモビチ・ペシコフ。ペンネームの“ゴーリキー”はロシア語で“つらい、苦しい”の意。5歳の時に父を、9歳で母を失ったゴーリキー。11歳からは、商店勤め、イコン作りの弟子、ヴォルガ川の汽船の皿洗いなど様々な職業に就く。孤独感から19歳で自殺未遂。しかし、その後は作家として大成した。
「信じるんだ。こんなちっぽけな人間でも、やろうとする意志さえあれば、どんなことでもやれるということを」(ゴーリキー)。

・「性格が丸いのは、あんまり世間の荒波にもまれすぎたんで、それで丸くなっちまったのさ」
・「わしはただ、人にいいことをしなかったのは、悪いことをしたと同じだと言ってるだけだよ」
・「自分で自分を尊敬できるような生活、しなきゃならねぇということだ…」〜以上『どん底』から



★モリエール/Moliere 1622.1.15-1673.2.17 (パリ、ペール・ラシェーズ 51歳)1989&05&09
★ラ・フォンティーヌ/La Fontaine 1621.7.8-1695.4.13 (パリ、ペール・ラシェーズ 73歳)1989&05&09
Cimetiere du Pere Lachaise, Paris, France

ラ・フォンティーヌ モリエール


1989 2005 2009 2人は大人気!

モリエールは17世紀の劇作家。多くの作品はドタバタ喜劇でありながら、人間心理の奥底をつく見事な描写力で、現在に至るまで世界最高の喜劇作家と賞賛され続けている。大胆不敵な彼は聖職者さえ皮肉の対象にし、国王から5年間の上演禁止処分をくらっている。一方、ラ・フォンティーヌも同時代の寓話作家で、数多くの機知に富んだ文章を残している。墓は両雄が並ぶ何とも壮大な光景だ。



★フローベール/Gustave Flaubert 1821.12.12-1880.5.8 (フランス、ルーアン 58歳)2002
Rouen Cemetery, Rouen, Normandy, France



この墓地は、入口からフローベールの墓まで、丁寧に矢印付きの案内板が出ていた!クーッ、まさに墓地の鏡!全世界の墓マイラーが随喜の涙を流さずにはいられない墓地だ。世の中すべての墓地がここと同じようだったら、どんなに世界は素晴らしいものだろう!



【 メリメをたずねて三千里編 】

★メリメ/Prosper Merimee 1803.9.28-1870.9.23 (フランス、カンヌ 66歳)2004
Cimetiere du Grand Jas de Cannes, Cannes, France
「カルメン」の作者メリメの墓にGO!!

この人に、会いに行く


カンヌ駅前の観光案内所で墓地の場所を尋ねると、路線バスの3番線が墓地の前に停まると教えてくれた。「歩いて行けない事もないが、
山の上なのでバスを使った方が良い」とのことだった。“やったー!今回は楽勝だーッ!”そう思ってバス停にたたずむこと20分。駅前だというのに
他の路線のバスも一台も通らないので不審に思い、通りがかった若者を呼び止めた。彼はバス停にある黄色い貼り紙を指差し「バスは来ない」。
僕が絶句していると、「今はカンヌ映画祭の真っ只中。会期中は路線が変更され、街の中心を通らないんだ」と続けた。ちゅどーん!この貼り紙を
デジカメで撮って、案内所に戻り職員に見せると「すまん、知らなかった。バス停がどこに移動したのか分からない。」…貴様ーッ!観光案内所の
職員だろうがァーッ!街のバス事情くらい把握しとケーッ!と言いたかったが、そんな仏語を知るハズもなく、地図をもらって歩くことにした。




本年は第57回


ここが映画祭の会場だ(駅のすぐ側)。すんげー人ごみ!
自分は映画ファンなので本来なら大興奮だけど、墓巡礼の
妨害になったので愛憎の入り混じった思いで見つめていた。
皆、ひと目スターを見ようと入り口付近に群がって
いる。今年はマイケル・ムーアが来てるハズなの
で、自分も思わずゲートに吸い寄せられていった。
カンヌの招待券は超プレミアチケット。迷った
ふりをして中に入っていこうとしたら、この
オジサンに追い出された。そりゃそうだ(笑)。


スターのブロマイド屋

街のあちこちにあった映画祭の宣伝看板

ブラピのハンサム生写真はいっぱいあったが、
ダンプカーのムーア監督は1枚もなかった…残念。
テロの警戒で、至る所警官だらけ!


ホントに山の上だった。着いた頃は汗だく! 墓地の向こうに地中海が見える
ゲフゥ!もらった地図には細い道が載っておらず、ほとんど役に立たないことが判明。結局、分かれ道に差し掛かる
度に人が通るのを待って尋ねるという、大変な墓巡礼になった。だがしかし、真の試練は到着後に待っていた…!



あまりに広すぎて気が遠くなった 古くて字の読めない墓石も多数
墓地は数万人が眠るケタ外れに広大なものだった!しかも山の斜面にあるので、昇り降りばかりでゼーハーゼーハー。この中からメリメ
の墓を自力で探すのは不可能なので管理人事務所を目指した。しかし、“目指した”といってもこれがチョ〜大変。事務所の場所が分から
ない!平地であれば墓地に入った瞬間に事務所の建物が見えるんだけど、ここは坂道で視界が途切れているうえ、たくさんある樹木が
邪魔になって遠くが見えな〜い!誰かに尋ねようにも人影が見えず、心細さは頂点に。約1時間後、やっとこさ管理人事務所を発見した。

「ウ、ウ、ウソだ…ウソだと言ってくれ〜ッ!」
正午の暑さでフラフラになりつつ、ようやく探し当てた事務所はひと気がない。
ちょうどおばさんが通りかかったので、「あのう…ここって事務所ですよね?
お昼休みなのかな?」「確かに事務所だけど、今日は祝日で閉まってるわ」。
「もうダメ。万策尽きた…」






事務所の手前にある花屋さん
僕が半ば放心状態で途方に暮れていると、
おばさんが手を叩いた。「そうだわ!あそこに
見えるお花屋さんで訊いてみたら!?」
ダーッ!「墓場に仏」とはまさにこのこと!なんとお店の子は管理人の自宅の
電話番号を知っていた!しかも、店には墓地マップと何冊もの埋葬者ファイル
があり、彼女は電話をかけてメリメが載っているファイルを訊き出してくれた!







「このページって言ってたの」 「あったわ!ほら、プロスペール・メリメ!」 「キャーッ!ここ!ここよ!!」

このあたりの… 下り坂道沿いに眠っているハズ…!ドッキン、ドッキン。




「ふぬーっ!ついに発見!」 本のオブジェが作家っぽいゾ!
「歩いている犬は飢死にはしない」(『カルメン』)

メリメは冗談好きな作家で、女装した自分の肖像画を巻頭に飾って、「あるスペインの有名な女優が書いた作品の“翻訳”」といって出版したり、
バルカン地方の民謡集(これも嘘、完全にメリメの創作。真実味を持たせる為にわざわざ注釈まで付けた)を出し、まんまと騙されたプーシキンが
ロシア語に訳すという騒動もあった。そんなメリメだからこそ、文学史上最も自由気ままに生きるキャラ、カルメンを生み出せたのかも知れない。

(メリメは教えられたブロックの一番奥の方にひっそりといた。一輪の花もなく、長い間、巡礼者が来た形跡はなかった…。哀ッ!)

「あ、あ、会えましたーッ!」「よかったわね♪」
謁見に成功したことを報告に行くと、マドモアゼル・セシルは閉店の用意をしていた。なんと、この日の営業は12時半迄だったのだ!自分が
最初に店へ駆け込んだのは正午過ぎ。もしあと30分遅かったら、既にこの店は閉まっていて、間違いなくメリメに会えずじまいだったろう。
間一髪…本当に幸運だった!「終わり良ければすべて良し」墓巡礼ほどこの言葉がよく似合うものはない。メリメよ、いい思い出を有難う。



★ジョセフ・コンラッド/Joseph Conrad 1857.12.3-1924.8.3 (イギリス、カンタベリー 66歳)2005
Canterbury Cemetery, Canterbury, Kent, England



広大な墓地を走り回り、奇跡的に発見した!日没が迫っていて、もうダメかと…!



★ヴァージニア・ウルフ/Virginia Woolf 1882.1.25-1941.3.28 (イギリス、ロッドメル 59歳)2005
Cremated, Ashes scattered, Ashes buried on the grounds of Monks' House, Rodmell, England (のこと?)
本名:Adeline Virginia Stephen




駅で情報収集したかったのに無人駅だった… 牛に道を尋ねろというのか? 民家を発見し荷物を預かってもらう





この川に彼女は入水した。合掌


ロッドメル村は最寄のサウスエース
駅から遠くに見える丘の上だった!

ゼーハーゼーハー。1時間歩いてロッドメル
の看板をついに発見!途中、一度も看板が
なく、道が正しいかどうか超不安だった










この修道院(今はウルフ記念館の
ようだ)の庭に遺灰が撒かれた


ホンゲーッ!開館は水・土の
午後のみ!週に2日だけなんて、
あまりにハードル高すぎだ!
(そしてこの日は日曜日…)
「おや?門が開いてるぞ?」訪れたのはお昼時。
なんと管理人と友人家族がバーベキューをしてた!
「入ってきちゃ困る」という管理人に、「記念館は
入れなくてもいいから、どうか墓参させて下さい!」
管理人「じゃあ10分だけ」。
やった!僕は小躍りして奥へ
案内してもらった
(画像は庭にあったリンゴの木)



どれだけ海外ネットを検索しても発見できなかった
ウルフの墓が、とうとう目の前に!感無量!

「嗚呼、ウルフ様!」
単に遺灰が撒かれただけでは
なく、胸像が載っていた
道を教えてくれた
好青年。優しかった!

村を去る時、いつまでも牛が
見送っていてくれた




★アガサ・クリスティ/Agatha Chiristie 1890.9.15-1976.1.12 (イギリス、チョルシー 85歳)2005
Cholsey Churchyard, Cholsey, Oxfordshire, England

  

彼女の名は有名なのに、片田舎チョルシーには“アガサ記念館”も“アガサまんじゅう”も何もない。町の人々から存在がスルーされているようだ。
「ホントにこんな土地にお墓があるの?」と、実際に自分の目で見るまで信じられなかった。教会の裏手、壁際に傾いた彼女の墓石がある。
第1次大戦中は看護隊に志願して薬剤師として従軍し、この経験が毒薬を用いた小説に役立つ。人生では失踪事件が有名。夫の浮気を知った
アガサは、夫を懲らしめる為に手の込んだ失踪事件を起こす。自宅から忽然と姿を消し、自分の車を沼のほとりで発見させたのだ。夫は妻殺しの容疑を
かけられ世間は謎の失踪事件に大騒ぎ。結局、彼女は保養地ハロゲイトのホテルに「夫の愛人の名前で」宿泊しているところを11日後に発見された。

※サイト読者の方から、失踪の原因は“夫を懲らしめたかった訳ではないと思います”とメールを頂きました。
『アガサ・クリスティ自伝下巻』では“記憶喪失症によるものと診断された”と書かれているそうです!




★プルースト/Marcel Proust 1871.7.10-1922.11.18 (パリ、ペール・ラシェーズ 51歳)2002&09
Cimetiere du Pere Lachaise, Paris, France




美食家でもあった 2002 スタイリッシュな墓 2009 花が表面に反射して美しかった

大長編『失われた時を求めて』の作者。「紅茶とマドレーヌ」をお供えするのを忘れた。不覚!
本名バランタン=ルイ=ジョルジュ=ウジェーヌ=マルセル・プルースト。

プルーストは職に就かず報われない恋に生きたゲイだ。20年かけて1作書いただけ。でも今ではシェイクスピア以来の大作家だ。彼は人生を振り返り苦しんだ月日こそ自分を形成した最良の日々だと悟る。幸せな月日はムダに過ぎて何も学ばない。(映画『リトル・ミス・サンシャイン』から)



★ジェームズ・ジョイス/James Joyce 1882.2.2-1941.1.13 (スイス、チューリヒ 58歳)2002

Fluntern Cemetery, Zurich (Fluntern), Switzerland

  

ジョイスはアイルランド人だが、墓はスイス。墓の側で本人の彫像が物憂げに腰掛けていた。



★マルグリット・デュラス/Marguerite Duras 1914.4.4-1996.3.3 (パリ、モンパルナス 81歳)2002&09
Cimetiere de Montparnasse, Paris, France





前面に“MD”のイニシャル(2002) 7年後。あれ?以前は白かった気が… MDも判別し辛くなっていた

多くの男性にとって戦慄の書『ラ・マン』の作者。傷口に塩を擦り込むようなあの作品はトラウマになる…。



★ダニエル・デフォー/Daniel Defoe 1661-1731.4.26 (イギリス、ロンドン 70歳)2002
Bunhill Fields Cemetery, London, England
※没年は1731.4.21、4.24説もアリ

ロンドン中心部の非常に古い墓地だ

『ロビンソン・クルーソー』の作者。デフォーはただの冒険作家ではない。社会批判の論文をいくつも発表し、43才の時には宗教者(英国国教会)の非寛容を風刺した『非国教徒処理の近道』が権力の怒りを買い、扇動罪によって3日間さらし首にされた後投獄されている。あの時代に教会に反旗をひるがえすとは、たいしたもんだよ!

“人生の不幸は人類の上層と下層に最も多い”(『ロビンソン・クルーソー』)
“我々が感じる不満の全ては、我々が持っているものに対して感謝の念を抱くことがないことから生じている”(『ロビンソン・クルーソー』)




★ディケンズ/Charles Dickens 1812.2.7-1870.6.9 (イギリス、ロンドン 58歳)2002
Westminster Abbey, London, England

 

『クリスマス・キャロル』『二都物語』『大いなる遺産』『オリバー・ツイスト』など人気作は数知れず。作品を通して社会改革を訴えた。



★モーパッサン/Maupassant 1850.8.5-1893.7.6 (パリ、モンパルナス 42歳)1989&09
Cimetiere de Montparnasse, Paris, France

1989 発見に時間がかかった 2009 実に20年ぶりの再訪!

モンパルナス墓地には多くの文人、芸術家が密集して眠っているが、
なぜか彼だけが道路を隔てた“離れ”の墓地に眠っていた。

「(美しい月を見て)あれだ。それなのに俺たちは愚にもつかぬことに腹を立てている」(『ピエールとジャン』)




★ゾラ/Emile Zola 1840.4.2-1902.9.29 (パリ、パンテオン 62歳)2002
The Pantheon, Paris, France



書き手の主観を排除した自然主義文学の創始者。自らナチュラリズム(自然主義)という言葉を生み出した。リアリズムを重んじた結果、作中の登場人物にあまりに救いがなく、僕はそんなに好きではない。新聞を読めば社会に悲惨はごろごろしており、わざわざ小説として読む意味がないと思った。だが、熱い正義感を持った文学界の巨星であることは確かだ。マネたち印象派の画家を真っ先に評価したのも彼であり、セザンヌとも深い親交があった。
※最初の埋葬場所はモンマルトル墓地。



★カポーティ/Truman Garcia Capote 1924.9.30-1984.8.25 (ロス、ハリウッド 59歳)2000&09
Westwood Memorial Park, Los Angeles, Los Angeles County, California, USA

2000 セレブの墓地に眠る 2009 下から2段目が彼

クールな文体で戦後アメリカ文壇の寵児となったカポーティ。代表作は犯罪ルポルタージュ『冷血』。カポーティは「冷血」を書き上げた後は、何を書いても完成させることが出来なかった。小説家としての想像力が事実(ノンフィクション)に負け、ペンが動かなくなったのだろう。作家としては「冷血」の成功は不幸だったのかも知れない。



★ジョージ・オーウェル/George Orwell 1903.6.25-1950.1.21 (イギリス、サットン・コートニー 46歳)2005
All Saints Churchyard, Sutton Courtenay, Oxfordshire, England
本名:エリック・アーサー・ブレア(Eric Arthur Blair Orwell)

Appleford駅から往復約2時間歩いた

すぐ近所にある原発を眺めつつね

ダンプのおじさんは墓地を知らず、僕の
代わりに民家に聞きに行ってくれた!

 
ついに謁見!墓石には本名のエリック・アーサー・ブレアとしか彫られてないうえ、バラが育って墓を隠している
ので、かなり難易度の高い巡礼だった(駅からも遠いし)。「ジョージ・オーウェル」の名は完全に封印されていた。

彼はインド、ベンガル出身の英国人。人が人を支配することに強く反対し、欧米列強の植民地支配や全体主義社会を
徹底して批判した。政治的良心をペン先から刻んだ代表作は、『動物農場』『カタロニア讃歌』『1984年』。




★イプセン/Henrik Johan Ibsen 1828.3.20-1906.5.23 (ノルウェー、オスロ 78歳)1994
Cemetery of Our Saviour, Oslo, Oslo, Norway

ノルウェーの国民的作家なので、さすがに墓も大きい

個性重視の近代演劇の生みの親、イプセン。彼はそれまでのロマンチックなだけの演劇ではなくリアルな作品を目指した。『人形の家』では
保守的なダンナに“うちの小リスちゃん”“かわいいヒバリ”と呼ばれていた妻ノラがブチ切れる--「私は何よりもまず人間よ!」。




★D.H.ロレンス/David Herbert Lawrence 1885.9.11-1930.3.2 (USA、ニューメキシコ州 44歳)2002&09
D.H.Lawrence Ranch, San Cristobal, Taos County, New Mexico, USA

 

なんとロレンスの遺灰は祭壇のセメントに溶け込んでいる!(2009)

こちらはウエストミンスター
寺院(ロンドン)の記念碑(2002)



★大デュマ/Alexandre Dumas pere 1802.7.24-1870.12.5 (パリ、パンテオン 68歳)2002
The Pantheon, Paris, France



『三銃士』『モンテクリスト伯』などを通して国民的作家となった。名前はアレクサンドル・デュマだが
子どもも同じ名前を名乗ったので、混乱を避ける為に「大デュマ(デュマ・ペール)」と呼ばれている。




★マーガレット・ミッチェル/Margaret Mitchell 1900.11.8-1949.8.16 (USA、アトランタ 48歳)2000&09
Oakland Cemetery, Atlanta, Fulton County, Georgia, USA

 




1896年からあるアトランタの古い墓地 2000 墓地には彼女の墓まで案内板がある 2009 ミッチェル家の墓域全景

 


9年前に墓参した時は気付かなかったけど、墓の正面にはマーガレットの名前がなく、
墓石の裏側に彼女の名と生没年が彫られていた(右写真の庭師さんが教えて下さった)
仕事の手を止めて案内して
下さった優しい庭師さん

『風と共に去りぬ』の著者。保守的な南部で女性が作家になることは周囲の反発をうみ、
執筆活動は苦労をともなった。40代で自動車事故のために世を去った。




★ナボコフ/Vladimir Vladimirovich Nabokov 1899.4.23-1977.7.2 (スイス、クララン 78歳)2005
Cimitiere de Clarens, Clarens, Vaud, Switzerland



映画化もされた『ロリータ』の作者。



★サミュエル・ベケット/Samuel Beckett 1906.4.13-1989.12.22 (フランス、モンパルナス 83歳)2002&09
Cimetiere de Montparnasse, Paris, France

2002 2009

現代演劇の金字塔『ゴドーを待ちながら』の作者。

「挑戦しては失敗する。それでもまた挑戦しよう。今度はもっと上手に失敗するように」(ベケット)




★小デュマ/Alexandre Dumas fils 1824.7.28-1895.11.27 (パリ、モンマルトル 71歳)2002
Cimitiere de Montmartre, Paris, France Plot: Division 21



フランスの小説家・劇作家。大デュマの子。世相を見つめた問題劇のジャンルを開拓。小説「椿姫」、戯曲「金銭問題」「私生児」など。
棺の上にデュマ本人の彫像が横たわっていてびっくりした。肖像彫刻付きの墓は、英国やフランスなどの王族の墓でしか見たことない。




★ジョージ・エリオット/George Eliot 1819.11.22-1880.12.22 (イギリス、ロンドン郊外 61歳)1989
Highgate Cemetery (East), Highgate, London, England
本名:Mary Ann Evans



ジョージと名乗っているが実は女流作家で本名はメアリー・アン・エバンス。19世紀の
英国社会は、女性がペンを持つことを良しとしなかったので、彼女は男性名で執筆していた。




★ハーディ/Thomas Hardy 1840.6.2-1928.1.11 (イギリス、ロンドン 87歳)2002
Westminster Abbey, London, England [body minus heart]



『テス』はナスターシャ・キンスキーの主演で映画化された。ウエストミンスターにはハーディの身体が納められたが、
心臓だけはDorsetのStinsfordのSaint Michael's Churchに埋葬されている。




★ストリンドベリ/Johan August Strindberg 1849.1.22-1912.5.14 (スウェーデン、ストックホルム 63歳)2005
Norra begravningsplatsen (Northern Cemetery), Stockholm, Stockholms Lan, Sweden

 

黒い十字架は初めて見た!



★キップリング/Kipling 1865.12.30-1936.1.18 (イギリス、ロンドン 70歳)2005
Westminster Abbey, London, England



『ジャングル・ブック』の作者。英国初のノーベル賞作家でもある。遺灰はロンドン郊外の
有名なゴールダーズグリーン火葬場からウエストミンスター寺院へ移された。




★ドーデ/Alphonse Daudet 1840.5.13-1897.12.16 (パリ、ペール・ラシェーズ 57歳)2005
Cimetiere du Pere Lachaise, Paris, France



代表作『アルルの女』。



★ブラム・ストーカー/Bram Stoker 1847.11.8-1912.4.20 (イギリス、ロンドン郊外 65歳)2002
Golders Green Crematorium, London, England



本名エイブラハム・ストーカー(Abraham Stoker)。『ドラキュラ』の作者!



★カレル・チャペク/Karel Capek 1890.1.9-1938.12.25 (チェコ、プラハ 48歳)2005
Vysehradsky Hrbitov, Prague, Czech Republic



「ロボット」という名の生みの親。語源はチェコ語で“労働”を意味する単語robota 。反ヒトラーSF『山椒魚戦争』。
他界4カ月後、ドイツ軍はプラハを占領。チャペクの死を知らないゲシュタポが自邸に踏み込んだ。




★マルキ・ド・サド/Marquis de Sade 1740.6.2-1814.12.2 (パリ、シャレントン 73歳)2009

Buried in Charenton, France

サド侯爵は名前がサディズムの語源に


サドはこのシャレントンのどこかに埋葬されたと伝えられている ちょうど日没になり墓地がオレンジに染まった
メトロのPorte de Charenton(シャレントン・ル・ポン)駅を上がると、複数の墓地が集まっている。いつか墓所が特定されることを願っている。

「哲学の勝利とは、あの運命という妙ちきりんな気まぐれ者の犠牲者にならない為の予防策を教えることだ」(『美徳の不幸』)

「いったい神が秩序を愛し、美徳を愛する者であると誰が証明できる?神は絶えず不正と無秩序の手本を示してきた。表面いかにも美徳を熱愛しているように見せかけておいて、その実、神は人間に戦争とペストと飢饉とを送り、どこから見ても欠点だらけな一個の世界を創ったんだ。神自身悪徳によってしか行動しないのに、どうして悪徳の持ち主である人間が神に嫌われるといえるのか。それに我々を悪に引きずり込む衝動は神の手から授かったものではないか。神が無益なものを我々に与えるはずがないではないか!」(『美徳の不幸』)

神に対するサドの怒りと失望は凄まじい。彼はそれだけ優しい人間だったのだと思う。善人が貧乏くじを引く残酷な社会が許せなかったんだ。



★シドニー=ガブリエル・コレット/Sidonie-Gabrielle Colette 1873.1.28-1954.8.3 (パリ、ペール・ラシェーズ 81歳)2009&15

奔放な女性作家

 
フランスで最も有名な墓地のメインゲートに近い場所に眠っている(2009) 朝一番に巡礼(2015)

成功した女性作家の1人。バイセクシュアルであることを隠さず、“性の解放”を訴えた。代表作『ジジ』の
ブロードウェイ版オーディションでオードリー・ヘップバーンを抜擢したのは彼女。小説『青い麦』の作者。




★レイモンド・チャンドラー/Raymond Thornton Chandler 1888.7.23-1959.3.26 (USA、カリフォルニア州サンディエゴ 70歳)2009
Mount Hope Cemetery, San Diego, San Diego County,California, USA Plot: Div. 8 Sec 3

炎天下のサンディエゴ。名前の一部が芝生に埋まっていた為、墓を探して何度もこの前を素通り…。
発見した時は2時間が経過していた。男のタフさを試そうとするチャンドラーからの挑戦状と僕は受け取った!

チャンドラーは男の美学を探偵小説に込め、1939年(51歳)に発表した『大いなる眠り』など、
探偵フィリップ・マーロウの活躍を描いたハードボイルド作品が大ベストセラーになった。

「男は強くなければ生きていけない。しかし、優しくなければ生きていく資格がない」(『長いお別れ』)



★セシル・スコット・フォレスター/C.S.Forester 1899.8.27-1966.4.2 (USA、カリフォルニア州フルトン 66歳)2009
Loma Vista Memorial Park, Fullerton, Orange County, California, USA Plot: Cornoita Lawn Lot 22 Grave 12



更新中。海洋冒険小説の巨匠。『アフリカの女王』の作者。



★フィリップ・K・ディック/Philip Kindred Dick 1928.12.16-1982.3.2 (USA、コロラド州 53歳)2009
Riverside Cemetery, Fort Morgan, Morgan County, Colorado, USA Plot: Section K, block 1, lot 56





彼は双子だった “電気羊”がお出迎え! ドヒーッ!この放水をモロに浴びた!

更新中。映画『ブレードランナー』の原作『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』の著者。墓参中に全方向から放水が始まり僕はズブ濡れになった!



★H・P・ラヴクラフト/Howard Phillips Lovecraft 1890.8.20-1937.3.15 (USA、ロードアイランド州プロヴィデンス 46歳)2009
Swan Point Cemetery, Providence, Providence County, Rhode Island, Plot: Group 281 Lot 5/585 Blackstone Blvd




鍵、眼鏡、ペンなどが供えられている。
鍵は小説『銀の鍵の門をこえて』にかけてあるのだろう
彼の墓には“I AM PROVIDENCE”と刻まれていた

ラヴクラフト家の墓は墓地の奥に並んでいる


コズミック・ホラー(宇宙的恐怖)で知られるSFファンの神、ラブクラフト!作品から生まれた
“クトゥルフ神話”は後輩作家に補完され、巨大なクトゥルフ・ワールドを構築している。




★ロバート・A・ハインライン/Robert Anson Heinlein 1907.7.7-1988.5.8 (USA、カリフォルニア州 80歳)2009
Cremated, Ashes scattered at Carmel, California, USA




遺灰はここカルメルの海に撒かれた

日没後の海岸でハインラインに思いを馳せる

ひと気のない海岸で燃えていた焚き火の残り火が、
ハインラインの弔いの火にも見えた

更新中。SF小説の大家。『宇宙の戦士』『夏への扉』など名作多々あり。



★オー・ヘンリー/O. Henry(William Sydney Porter) 1862.9.11-1910.6.5(USA、ノースカロライナ州 47歳)2009
Riverside Cemetery, Asheville, Buncombe County, North Carolina, USA



更新中。本名ウィリアム・シドニー・ポーター。短編小説の名作を多く残した。



★ダシール・ハメット/Samuel Dashiell Hammett 1894.5.27-1961.1.10 (USA、ヴァージニア州アーリントン 66歳)2009
Arlington National Cemetery, Arlington, Arlington County, Virginia, USA Plot: Section 12, Lot 508, Grid Y/Z-23

  
ハメットは2度の世界大戦に従軍したのでアーリントンの軍人墓地に眠る。視界の彼方まで墓標が続いていた…

『マルタの鷹』などハードボイルド推理小説の名手。冷戦中、左翼思想を持っていたことをにエリア・カザンに密告され、赤狩りの犠牲になる。
ハメットは法廷で黙秘を貫き、同志の名前を最後までばらさず、法廷侮辱罪で投獄された。尊敬せずにはいられない、信念の人だ。




★パール・バック/Pearl Sydenstricker Buck 1892.6.26-1973.3.6 (USA、ペンシルバニア州 80歳)2009
Green Hills Farm, Perkasie, Bucks County, Pennsylvania, USA /dublin Rd. off 313W Perkasie

パール・バックの家 彼女の書斎


 
墓に続く道。小川の側を歩いて行く 墓石には英語の他にも中国語で名前(?)が刻まれていた

更新中。中国を舞台にした長編小説『大地』の作者。この作品のおかげで西欧人によるアジア人蔑視が薄れたという。



★ソール・ベロー/Saul Bellow 1915.7.10-2005.4.5 (USA、バーモント州 89歳)2009
Morningside Cemetery, Brattleboro, Windham County, Vermont, USA /South Main Street

  

  

更新中。『この日をつかめ』の作者。ノーベル文学賞を受賞。

“私は苦しみと結婚して、ちょうど夫婦のように一緒に寝たり食べたりしていて、もし喜びと交わりを持てば不義を犯す事になると思っていた”(『この日をつかめ』)
“人は自分の愛するものと同じ価値しかない”(『この日をつかめ』)




★アーサー・ミラー/Arthur Asher Miller 1915.10.17-2005.2.10 (USA、コネチカット州 89歳)2009
Roxbury Center Cemetery, Roxbury, Litchfield County, Connecticut, USA /North Street (Route 67) Roxbury






広大な墓域にまだ3人くらいしか眠っていない ミラー家の墓石は渋い岩ッコロ 手前にあるアーサーの墓標

更新中。戦後アメリカ演劇を代表する戯曲『セールスマンの死』を執筆。マリリン・モンローの元夫(3番目)。
米国社会の「赤狩り」を魔女裁判にたとえて告発した『るつぼ』でマッカーシズムに戦いを挑んだ。




★ウィリアム・S・バロウズ/William Seward Burroughs 1914.2.5-1997.8.2 (USA、ミズーリ州 83歳)2009
Bellefontaine Cemetery, Saint Louis, St. Louis city, Missouri, USA

 








バロウズ家の塔型の墓石。右側面にウィリアムの名前がある

墓塔の右前にウィリアム個人の墓

墓塔の背後になぜか折れた
ロシア正教(?)十字架があった

更新中。『裸のランチ』の作者。数々の奇行で知られる。



★E・R・バロウズ/ Edgar Rice Burroughs 1875.9.1-1950.3.19 (USA、カリフォルニア州 74歳)2009
Burroughs Office Building, Tarzana, Los Angeles County, California, USA Plot: Under the walnut tree/18354 Ventura Blvd.

  
E・R・バロウズの代表作『ターザン』にちなみ、彼が住んでいた街にはターザン関係の道路や噴水がいっぱい!
町の名前も住民投票で「ターザナ」になったのがスゴイ

バロウズのオフィス。あらゆるターザン映画のポスターがあった オフィスの庭のこの木の根元に遺灰は撒かれた!

エドガー・ライス・バロウズは『ターザン』の生みの親。SF作品“火星シリーズ”でも人気を博した。



★テネシー・ウィリアムズ/Tennessee Williams 1911.3.26-1983.2.25 (USA、ミズーリ州 71歳)2009
Calvary Cemetery and Mausoleum, St. Louis city, Missouri, USA /5239 West Florissant Avenue



ピュリツァー賞を2度受賞した劇作家

墓石には1953年の戯曲『カミノ・レアル』からの以下の言葉が刻まれていた
「The violets in the mountains have broken the rocks!」
背面は本名のトマス・ラニアー・
ウィリアムズ&ロシア正教の十字架

劇作家。『欲望という名の電車』『熱いトタン屋根の猫』『ガラスの動物園』など様々な名作を残した。同性愛者で知られる。
本名はトマス・ラニアー・ウィリアムズ(Thomas Lanier Williams)で、学生時代に南部訛りゆえ「テネシー」の愛称がついた。
「人間ってものは、知り合いになってみればどんな人間でも、そんなに恐ろしいもんじゃない」(『ガラスの動物園』)
「痛みは生きている証拠だ。苦しい時の方が色んなことがよく分かる」(『熱いトタン屋根の上の猫』)

  
この墓地は緑がとても美しかった!お墓参りというよりピクニックにきてる感じ♪



★ジャック・ロンドン/Jack London 1876.1.12-1916.11.22 (USA、カリフォルニア州 40歳)2009
Jack London State Historic Park, Glen Ellen, Sonoma County, California, USA

ジャック・ロンドンの家。内部は見所いっぱい ジャックの書斎。本がたくさんあり居心地最高 なんとこの自然石が彼の墓だという

更新中。自然をこよなく愛した作家。



★シドニー・シェルダン/Sidney Sheldon 1917.2.11-2007.1.30 (USA、カリフォルニア州ロス 89歳)2009
Westwood Memorial Park, Los Angeles, Los Angeles County, California, USA Plot: Columbarium of Tenderness

 
似たような形のお墓ばかりで見つけるのが大変だった!

『ゲームの達人』『真夜中は別の顔』などのベストセラー作家。日本では英語学習教材で有名っすね。



★レイ・ブラッドベリ/Raymond Douglas Bradbury 1920.8.22-2012.6.5 (USA、カリフォルニア州ロス 91歳)2009&13
Westwood Memorial Park, Los Angeles, Los Angeles County, California, USA



 
2009年、ブラッドベリは既に墓を造っていた。このハリウッドの墓地は、M・モンロー、ビリー・ワイルダーなど
有名人だらけ。敷地が狭いので競争率が超高く、“空き”があれば生前のうちに墓を造っておくのがベター
4年後に再訪。2年前にブラッドベリは他界して
おり、新たに没年が刻まれていた。合掌(2012)

SF小説の大家ブラッドベリ。『華氏451度』『火星年代記』『ウは宇宙線のウ』など作品多数。



★ジョルジュ・ローデンバック/Georges Rodenbach 1855.7.16-1898.12.25 (フランス、パリペール・ラシェーズ 43歳)2015
Cimetiere du Pere Lachaise,Paris,City of Paris,Ile-de-France, France//Plot: Division 15

  

  

小説「死の都ブリュージュ」(1892)で知られるベルギー出身の作家。享年43。いわゆるゾンビ墓で右手にバラを持って復活。



★コナン・ドイル/Arthur Conan Doyle 1859.5.22-1930.7.7 (イギリス、ハンプシャー、ミンステッド 71歳)2015
All Saints Churchyard, Minstead, New Forest District, Hampshire, England//Plot: Under an oak tree, with wife

 

  

小説家・医者。推理小説「シャーロック=ホームズの冒険」で人気を博す。後年は心霊術に激ハマリ。妖精を信じていた。
※墓前にパイプが2本供えられていた!




★マルタン・デュ・ガール/Roger Martin du Gard 1881.3.23-1958.8.22(フランス、シミエ 77歳)2014
Musee Franciscain-Eglise et Monastere de Cimiez, Cimiez, Departement des Alpes-Maritimes, Provence-Alpes-Cote d'Azur, France

  

  

フランスの作家。20世紀初頭から第一次大戦に至るフランス社会の時代的な苦悩を描いた大河小説『チボー家の人々』で知られる。
1937年(56歳)、『チボー家の人々 第7部 1914年夏』でノーベル文学賞を受賞。



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