★追悼〜カルロス・クライバーさん、ありがとう!!(1930.7.3-2004.7.13 74歳)




なんという気持ちのいい笑顔!見てるだけで爽快になる!
(ベートーヴェン交響曲第4番)

マエストロが眠るスロヴェニア(夫人の故郷)、コンスィツァ村に墓参してきました(2005.7)




















墓の側にクライバー記念館(Spominska Soba
CARLOSA KLEIBERJA)がある。
管理人のマルコさんがカルメンを流してくれた
クライバーの墓はお花がいっぱい!
彼はリハーサル前に徹底して作曲家の
自筆譜を調べ、自らの音楽として挑んだ
奥さんが亡くなった半年後、後を
追うようにカルロスも旅立った。
生涯フリーランスの指揮者だった
顔をクシャクシャにして見送って
くれた情の厚いマルコさん


04年7月20日朝。朝刊の片隅にわずか7行の「カルロス・クライバー死去」という記事を読み、僕は全身から力が抜けてその場にしゃがみ込んだ。

それは1983年の秋頃だったと思う。当時高校2年の僕はたまたま立ち寄ったレコード屋(この頃はまだCDがなかった)で、カルロス・クライバーなる指揮者が歓喜の表情で指揮棒を振っているポスターを見た。宣伝コピーは“ここでカルロスのタクトが火を噴いた!”。僕はまるで雷に打たれたようにそのポスターの前に立ち尽くした。それまでの人生で、これほどの笑顔を見たことがなかったからだ!「クラシックは人間にこんな表情をさせる音楽なのか!」と度肝を抜かれたんだ。と同時に、僕らはこんな表情ができる生き物なんだということを、当時人間を斜めから見ていた若造は知った!

“自分は一生のうちに何度こんな笑顔をできるのだろう?” クラシックのファンになればこんな体験が待っているのかと、一枚のレコード・ジャケットをきっかけに、ずっと縁遠かったクラシックを聴き始めた。(お気に入りの曲からクラシックの世界に入っていくのが普通で、写真をきっかけにクラシックを聴き出す例はあまりないと思う)
はたして、クライバーさんの笑顔は真実だった!それまで僕がクラシックに持っていたイメージは“退屈”“地味”“長い”“根暗”というものだったけど、そんなクラシック観が激変した。涙するほど美しく、同時に超刺激的&エキサイティングな世界が、音符の向こうに待っていたァーッ!もし、あのジャケットに出会っていなかったら、クラシックに目覚めるのはもっと遅かった、あるいは一生目覚めなかったかも…と思う。そういう意味でも、クライバーさんは自分にとって命の恩人なんだ!

僕はまた、彼の“笑顔”だけでなく、曲目がベートーヴェンの交響曲第4番ということにも好奇心を刺激された。「運命」や「第九」ではなく、あまり知名度のない曲だったから。つまり、“有名な曲だけが名曲じゃない、知られてない傑作が山ほどある”ということを、クライバーさんは教えてくれたんだ。それまでは目の前にあっても見えなかった、芸術という無限に広がる美と感動の海の存在を、クライバーさんが指し示してくれた!

1986年、クライバーさんを「生き神様」と崇めたてていた19才の僕は信じられないニュースを聞いた--「カルロス・クライバー来日決定!大阪フェスティバルホールのプログラムは、ベートーヴェンの4番と7番!」。これを驚天動地というのだろう。僕はチケット発売日の何ヶ月も前から、赤信号は無理をして渡らない、電車には駆け込まない、腐りかけた食べ物を強引に食べない等、あらゆる危険は避け、非常に慎重に生き始めた。チケット発売日は始発列車で梅田に乗り込み、店頭販売分をゲットした!!

チケットを手に入れてからは、新たな心配で生きた心地がしなかった。毎日毎日、新聞でクライバーさんが病気になったり、事故にあってないかを調べた。というのも、クライバーさんの存在が生前から伝説化していたのは、演奏会の回数が極端に少ない(ここ5年間で指揮をしたのは5日間だけ!)ことに加え、その完全主義ゆえに、少しでも体調が不良だったり、本番当日までに120%満足のいく仕上がりにならなければ、演奏会は即刻キャンセルされたからだ。コンサート当日になっても、幕が開いて自分の目で姿を確認するまでは、聴衆は誰も安心できなかった。クライバーさんは「指揮をした」という事実そのものがビッグニュースになる、現代では唯一の指揮者だった!
※クライバーさんはまた、オペラの最中に観客の拍手で流れが中断されることを嫌い(それが感動による拍手であっても)、各座席には「全幕が終了するまで絶対に拍手をしないで下さい」と注意書きが配られていた。

そして運命の5月15日18時半!舞台上にはバイエルン国立歌劇場管弦楽団のメンバーを従えたクライバーさんの姿があった。神は降臨した!!聴衆はクライバーさんを嵐のような拍手で迎えた。演奏はこれからだというのに、隣席の老夫婦は「よかった、ちゃんと来てくれた。本当によかった…!」と、もう終わったかの如く満足気な会話。僕がクライバーさんを知るきっかけとなった交響曲第4番が始まると、“これは現実だよな?現実なんだよなーッ!?”と、指揮台の上で蝶の様に舞うクライバーさんの後ろ姿を、ひたすらジッと見つめていた。2曲目のパワフルな第7番は興奮し過ぎて、断片的な記憶しか残っていない。ベートーヴェンの作った曲の中でも、最もハチャメチャ&ド迫力な終楽章は、「うおーッ」「ふぬーッ」「グガーッ」「ドヒーッ」そんな言葉が全身を駆け巡ってるうちに終わった。僕の魂はベートーヴェンの最後の一音が鳴り終わった時に、音符と共にミューズやアポロンら芸術神の世界へ連れ去られてしまった。
15分経っても鳴り止まぬ拍手の渦の中で呆けていると、クライバーさんはアンコールの声に応えて登場し、優雅で軽やかな喜歌劇『こうもり』序曲と、“クライバー火山大爆発”のポルカ『雷鳴と電光』の2曲を演奏してくれた!大編成オーケストラで演奏される『雷鳴と電光』は、指揮棒から放たれる電光が文字通り僕の脳を直撃し、最後の方は身体からプスプス煙が上がっていた。隣席の老夫婦は「長生きはするもんだねぇ。」としみじみしていた。

94年以降は演奏会がゼロという年も多く、世界中の音楽プロモーターがクライバーさんを引っ張り出そうとしたが、練習回数無制限、ギャラ無制限という破格の条件を付けても、よほど気が乗らない限り出てこなかった。(このクライバーさんの出不精については、帝王カラヤンが「ヤツは冷蔵庫が空っぽにならないと演奏会に出てこない」とからかったエピソードがある)

クライバーさんが、クラシック音楽のファンから、そして多くの演奏家からも絶対的な信頼を得ていた最も大きな理由は、その音楽と向き合う姿勢に深い誠実さが見られるからだ。クラシックには星の数ほど曲があるけど、クライバーさんは異常なまでにレパートリーが少なく、演奏記録が残っているのは下記にあげた30曲にも満たない作品だけ。指揮者なのにこれっぽっちしか振らなかったんだ。これは裏を返せば、楽譜を血肉となるまで読み解き、作曲者の真意を完全に理解したという確信が持てない曲を、彼が振ることはないということだ。録音し、それを売れば莫大な利益が入ってくると分かっていても、クライバーさんはお金のために自己の芸術を表現することはなかった。

〔 クライバーさんの全レパートリー 〕
●ハイドン…交響曲第94番「驚愕」   ●モーツァルト…交響曲第33番、第36番「リンツ」
●ウェーバー…魔弾の射手        ●シューベルト…交響曲第3番、第8番「未完成」 
●ブラームス…交響曲第2番、第4番  ●ヨハン・シュトラウス…こうもり、ウインナーワルツ 
●プッチーニ…ラ・ボエーム        ●R.シュトラウス…英雄の生涯、ばらの騎士
●バタワー…イギリス田園詩曲第一番 ●ベルク…ヴォツェックからの三つの断章
●ドヴォルザーク…ピアノ協奏曲     ●マーラー…大地の歌      ●ビゼー…カルメン 
●ワーグナー…トリスタンとイゾルデ   ●ヴェルディ…椿姫、オテロ   ●ボロディン…交響曲第2番
●ベートーヴェン…コリオラン序曲、交響曲第4番、第5番「運命」、第6番「田園」、第7番


ご覧のように、チャイコフスキー、バッハ、ヘンデル、メンデルスゾーン、ブルックナー、シューマンらの曲は、一曲もない。またモーツァルトにしても代表曲の第40番や「ジュピター」がないし、ドヴォルザークは「新世界」がない。ブラームスの第1番、マーラーの全交響曲、ワーグナーの「指輪」、ラヴェルの「ボレロ」など、音楽史のメインストリートがごっそり抜け落ちている。だが僕が個人的に最も無念なのは、クライバーさんがベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」、そして!そして!人類史上最大最高の名曲、第九番「合唱つき」を振らないうちに旅立ってしまったことだ!(なんてこったい!)
クライバーさんは周囲からどれだけ「第九」の指揮を請われても、「今の私ではまだ振れない」「時期尚早だ」と首を縦に振らなかった…。謙虚すぎるよ、クライバーさん!(涙)
僕は、この世に第九の演奏を残すことが、全細胞で音楽を楽しむ才能を天から授かったクライバーさんの、人類全体に対する義務だと思っていた。ベートーヴェンが世界と人類を黄金の精神で全肯定した第九を、音楽を通して生命の賛歌を歌い上げていたクライバーさんが指揮していれば、宇宙消滅の日まで語り継がれる伝説の名演になるハズだった!!

89年にカラヤン、90年にバーンスタイン、97年にショルティという、偉大なマエストロたちが亡くなり、今またクライバーさんが去った。クライバーさんが亡くなった7月13日で世界は大きく変わったのに、その死はテレビや新聞でトップ・ニュースになることもなく、国連が喪に服そうと呼びかけることもなく、人々はいつもと変わらぬ日常を送っている。天体の運行も変化ナシ。太陽は今日も東から昇り西へ沈む。これでいいのか。地球はたとえ数分間だけでも自転を止めて黙祷すべきだッ!! (>_<) ワーッ

この追悼文の最後に、1970年、当時39才のクライバーさんが、南ドイツ放送交響楽団(現シュツットガルト放送交響楽団)を相手に、喜歌劇「こうもり」序曲をリハーサルしている時の言葉を紹介したい。この楽団は養老院かと思うほど、大半の楽団員が年配者ばかり。若いクライバーさんが自分の音楽的欲求を伝える為に、お世辞を言ったり脅かしたりしながら必死で格闘している姿がガンガン伝わってくる。クライバーさんの親しみやすい人柄が分かる発言録だと思います!

〔 クライバーさん発言録 〕
「オーボエは何かを語るかのように。例えば何か不幸な歌詞をつけて…“嫌だな、またこの曲か…”とかね」
「グロッケン(鐘)の音は少し大きいかも。済まないがちょっと離れてくれますか?舞台の奥に物置の様な場所があるから」※そこへ入れということ!この時の映像にはスゴスゴとグロッケンをひきずっていく団員の姿が映っている。
「バイオリンは弦に触れる前にきちんと準備して下さい。既に音が出ていたかの如くまず弦が振動していなければ。その後初めて響きに到達するんです。荒っぽく弦を押さえないで。皮膚に触る時、まず産毛を感じてから初めて肌に手が触れる、あの感触で。いきなり握手をして“今日は!”と言う様な表現はここにはそぐわない」
「くすぐるように!」
「皆さんの演奏が勝り、私が無用になること、そんな演奏が私の夢です」
「ここでは皆さんの想像の世界の美女の心を捕らえて下さい。彼女は皆さんのバイオリンの音色に酔いしれること請け合いです」
「まだ表情不足です。ここは気まぐれにそっぽを向いて去って行くように…もちろん難しい表現ですが、どうしてもその表現が必要なのです」
「私は皆さんに何かを求めて欲しいのです。それを味わったり、表現の方向性ときっかけを私は与えるだけにしたい」
「“8日間も一人きり”と彼女は歌う(※オペラ「こうもり」の歌詞)。“一体どうすればいいの”と言って空涙を流す訳だが、女性には一種の真実だ。嘘泣きでも涙は涙だから。心からの様に“神よ何故こんな苦しみを…”と歌う。この大袈裟な感じが必要なのです」
「ここにも泣きを入れて!たっぷりと!」
「この14番(楽譜にふってある番号)は難しすぎて、私にはきちんと振り切れません」※素直すぎ!(笑)
「まだ説明するから楽器は構えないで!」
「大切なのはこの密かな猥雑な感じを出すことです。小太鼓は悪巧みを始める様に忍び込んできて、この“悲劇かな?いや喜劇だ!”という支離滅裂な配合を巧みに。すべてバランス曲芸です。テンポを守り過ぎないで!」※“支離滅裂な配合を巧みに”なんて言われても(汗)。太鼓に“テンポを守るな”なんて言う指揮者は初めて見た。
「コントラバスは最初から強すぎず、徐々に大きくしていくように。始めはほとんど弾かないぐらいに…そう、例えば皆が何かを合わせている横でコッソリ他の曲を練習する時のように。それって、オペラの練習でよく聴くんだけどね」
「もっと各自が曲の内容を把握しなくては!しっかりアンテナを張って。皆さんはひとつのオーケストラでしょう?寄せ集めの群集でも指揮者のご機嫌伺いでもない。各自が音楽の展開を推測する楽しみと義務を持っているのです」
「ここは本物の“スーパー・スタッカート”で!針の様に鋭い“スタッカーティッシモ”でッ!」
「もっと大きく!フォルティッシモ!こんな質問をされるかもしれない--“ヨハン・シュトラウスをこんな音量で?”。なぜ大きくていけないんだ?一度は発散しよう!」
「フルートとクラリネットはもう少し私に…楽しんで吹く姿を見せて下さい」
「さっきから止めてばかりで申し訳ないが、皆さんはアカデミックすぎます。ここは軽くて硬い空手チョップのように。そういう音楽を聴くと本当に楽しい」
「私は呑み込みが遅い人間だが、何が足りないか分かってきた。8分音符がニコチンの少ない煙草の煙のように物足りない。もう少し毒気がなければ。酔った時を思い出して…ただし、歩けない程には飲み過ぎないで。まだ運転が出来るくらいの酔い加減でね(団員から笑い)」
「ホルンは旋律以外の後打ちが単純すぎます。私がその部分を歌うから感じを掴んで、それに合わせて下さい。ラララ〜♪」


普通の指揮者ならニコチンや空手チョップの話なんかしない。だけど、もし僕が演奏家ならこんな人の指揮の下で演奏したいし、聴衆としては同じ曲を聴くのならこういう熱いハートを持った指揮者の演奏を聴きたい!クライバーさんが生れてきてくれて、人類は本当に幸運だった。もしあの世があるのなら、そこでこそ「第九」を聴かせてもらいますッ!!(>_<)





精神的求道者のような
最後の巨匠だった。
リハーサル映像が現存しているのは人類全体
の幸運!(少しポール・ニューマンにも似ている)
1992年のニューイヤーコンサートにて。とても
リラックスした穏やかな表情だなぁ。(当時62才)



※もしクラシックの入門としてクライバーが指揮したものを1枚選ぶならベートーヴェンの交響曲第5番「運命」&第7番
有名な曲&値段も手頃(1800円)なので良いと思います!運命が感動的なのはもちろんのこと、音のシャワーを体感できる
第7番を、ぜひとも味わって欲しいっす。交響曲第4番はジャケットは素晴らしいけど、一曲しか入ってないし「運命」より高い…。
(僕がクライバーさんの発言を抜粋した「こうもり」のリハは「魔弾の射手」のリハとペアでDVDになって出ています)



●作曲家BEST
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●指揮者、演奏家の墓写真館



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オヌシは 番目の旅人でござる